ワールドシリーズ

 大晦日なので、2025年を振り返ってみたいと思う。今年一番興奮したのはワールドシリーズだという人は多いのではないだろうか。TVの年末特番でもワールドシリーズがたくさん取り上げられている。その特番の一つの中で、タモリさんが「結果がわかっているのに、今見てもドキドキする」と言っていた。私もそう思う。

 今年のワールドシリーズで忘れられないのが、まず第3戦延長18回の激闘だ。仕事が休みの日だったので、朝の9時半から見始めて約7時間見続けてしまった。こんなに長時間スポーツを見続けたのは生まれて初めてだった。何か時間の本質に触れたような日になってしまった。

 時間の解明に取り組んだ難解なベルクソンの哲学について、「小林秀雄とウィトゲンシュタイン」を書いた中村昇先生が「ベルクソン=時間と空間の哲学」で補助線を引いてくれている。『ベルクソンは、本当の時間は「純粋持続」だという。これはごく大雑把に言えば私たちの意識の流れのことだ。この流れにおいては持続だけが生じている。それに対して私たちが通常「時間」と言っているものは、その「純粋持続」が「空間化」されたものだという。持続だけの状態が抽象化によって「空間」と同じものになってしまうのだ。ベルクソンによれば私たちの常識的な「時間」は実は「空間」なのである。』

 『ベルクソンとよく比較されるホワイトヘッドもこの「純粋持続」と「空間」との関係を「具体性置き違いの誤謬」の例の一つとして示していた。つまりもっとも具体的な在り方である「純粋持続」がいったん抽象化されて時計や数直線上にあらわれる「時間」になると、後者の方が具体的なものだと勘違いされるというわけだ。出発した時点が隠されて、たどり着いた場所だけが強調されるのである。もっとも具体的な「純粋持続」がなければ、そもそも「時間」も登場しないのに。』ーベルクソン=時間と空間の哲学より引用ー

 ※ちなみに私は、私が好きなジャクソンポロックはこのベルクソンのいう「純粋持続」:空間化をされていない「時間」を抽象絵画に描いていると、勝手に思っている。

 本当の時間には端っこがなく、本来私たちはそのなかにいて、空間のように分割した全体を見渡せないということだろう。本当の時間の方は情報量が多くて、多すぎると行動するのに、大げさに言うと生きていくのに困るので、空間化して、時間を圧縮して情報取得をしているということだろう。ただ、ときどき空間化できない、この圧倒的に情報量の多い時間を経験していることがあるのだと思う。それを哲学では『純粋持続』とか『純粋経験』といっているのだ。そこでは情報の圧縮、統計、分析、言語化などが追いつかない。

 今年のワールドシリーズで私たちは山本由伸により、ベルクソンのいう本当の時間を体験することになったのではないだろうか。

 山本由伸はNPBで個人として3年連続投手4冠、3年連続沢村賞、3年連続MVPを獲得するだけでなく、オリックスのパリーグ3連覇、日本シリーズ優勝、侍ジャパンで東京オリンピック金メダル、WBC優勝を果たし、メジャーに挑戦してワールドシリーズ2連覇していて、ずーっと優勝しているのだ。これは大谷翔平というスーパースターの存在に隠れているが、チームスポーツでチームがずーっと優勝していることよりすごいことはない。私たちの常識的な時間においても、山本は唯一無二の実績の選手だ。

 まずはワールドシリーズ第3戦は延長戦となるのだが、ワールドシリーズはレギュラーシーズンと違って延長戦にサドンデスがなく、引き分けもない。いつ終わるのかわからないまま世界中が観戦していた。このいつ終わるかわからないということが、私たちを端っこのない時間に連れていく。まさに誰もがその時間を空間化ができないことを共有し、時間の中にいることを体験しはじめていただろう。延長は18回に入り、ドジャースは19回を投げるピッチャーがいなくなる。19回に突入した時のために2日前に105球完投勝利を挙げた山本由伸がブルペンで準備をしていた。ブルペンの山本は登板してもドジャースが必ず勝てるわけではないという状況で、何回投げるかもわからない状況で、準備していた。私たちの感情がこの山本の姿に同一化して、TVで見ているだけの私たちをもその本当の「時間」の中に連れて行ってくれた。18回裏フリーマンのサヨナラホームランで劇的に試合が終わるのだが、私たちはブルペンの山本と「時間」を共有していた。

 ワールドシリーズは第7戦まで続き、この試合に勝った方がワールドチャンピオンになる試合になる。ドジャースが土壇場の9回表1アウトからロハスの同点ホームランで追いつき、同点の9回裏1アウト1塁2塁のサヨナラ負けのピンチを迎えると、昨日先発投手として96球を投げた山本がリリーフで登板した。このピンチをロハスとパヘズのファインプレーで凌いだドジャースは、またいつ終わるかわからない延長戦に入っていく。そしていつ終わるかわからない延長戦はまたしても、私たちを本当の時間に連れていく。野球はプレーが1球1球の展開で途切れるため、他のスポーツに比べて、時間の流れに対して情報量が圧倒的に多い。選手も観戦している私たちも1球1球への集中が高まっていく。スタジアムは全員が立ったままその時間を共有していた。11回表にスミスのホームランで勝ち越し、山本が11回裏のピンチを抑えドジャースがワールドシリーズ2連覇を果たした。山本がワールドシリーズでランディジョンソン以来の3勝を挙げ、ワールドシリーズのMVPとなった。だが、出発した時点が隠されて、結果だけが強調されてはいけない。良い結果になるかわからない、いつ終わるかわからないワールドシリーズの延長戦で連投にチャレンジしたこの第7戦の山本に、私たちの感情はまた同一化して、私たちは本当の時間に連れていってもらえたのだ。「記録」ではなく、山本と同時代を生きていることで経験できたこの「時間」を私たちは忘れないのだろう。

 試合後のインタビューで、「いつ、今日も登板することになったんですか?」と聞かれた山本は「昨日投げ終わって夜一応治療して、一応備えてはいましたけど、今日練習して休んでたら行くかもみたいになって、気づいたら試合が始まって、ブルペンにいて、なんかこう負けてたけど途中で追いついて、気づいたらマウンドにいました。」と答えていた。今生きている生の時間というものを教えてくれる答えだった。タモリさんが「結果がわかっているのに今見てもドキドキする」といったのは、山本と一緒に本当の時間を体験したからだと思う。

 来年はミラノオリンピック、野球のWBC、サッカーのワールドカップもある。楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

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